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作品のご紹介

リスト巡礼の年

正方形構図


リスト巡礼の年

Angel

制作日誌


一つの絵を仕上げるのにかかる時間は?
という質問は、たいてい一回の展覧会で1度は聞かれる話です。
絵によってまちまちなのです。
と答える他ないのですが、その例として、ここ数年ずっと画きたいと思っていたテーマの絵を仕上げる事が出来たので、その絵についてのお話をしようと思います。
 
題名は「巡礼の年」です。
どこかで聞いたような言葉と思われる方が多いことと思います。
村上春樹さんが書かれた小説の題名と同じだからです。
まだ、小説のほうは拝読していないのですが、たぶん村上さんもフランツ・リストのピアノ曲から題名を取られたのではないでしょうか。
私も以前からしばしばリストのピアノ曲の中で、巡礼の年の中のペトラルカのソネットが好きで、よく聞いていました。
 
曲目を知った最初のきっかけは、ロシア人のピアニスト、ウラジミール・ミシュク氏のコンサートの会場だったと思います。
車を運転する際、巡礼の年のCDをエンドレスにかかるように設定していたので、ほぼ全曲が知らず知らずのうちに頭の中でリフレインされるようになっていました。
ものぐさなので、数年間かもしれません。^^;
ピアノ曲を聞き込んでいくうち、エステ荘の噴水とか、イタリアに関する題名も多くあり、どうしてリストが巡礼と名付け、ピアノ曲をまとめたのだろうかと、気になって来ました。
穏やかなピアノの音色を聞いていると、たしかに、イタリア旅行で目にした丘陵地帯の糸杉や、ティボリにある壮大な庭園の中の噴水の水音が、連想されて来るようになりました。
 
トスカーナのいつでも中世時代にタイムスリップ出来るような街並みや、テラコッタ色の瓦屋根を思い描きながら、なぜリストは巡礼という言葉を使ったのだろうと、不思議に思っていました。
リストのピアノ曲でよく演奏される、愛の夢やカンパネラよりも、音色は穏やかで、なにか達観したような静けさがあるような曲だと思っていましたが。
 
もしも音色を絵にする事ができたらば、というのが、ここ数年感じていた事で、もちろん今までも、魔笛やトゥーランドット、愛の妙薬など、オペラをテーマにした絵は何枚か画いた事があるのですが、はっきりと筋書きがない、題名だけのピアノ曲をテーマにすることは、かなり難しい事だと思っていました。
昨年と今年、イギリスとアイルランドの地図や、ドイツの地図を画いてみて、その前の下調べに図書館で20冊近い伝説や民俗学系統の伝承本を借りてきて、地図の中に描き入れるものを選んだりする作業をしているうち、なんとなく巡礼の年も、作品として作る事ができるかもしれない、という気がしてきました。
 
そしていくつかエスキースを軽く取りながら、あるとき、正方形に画いていた画面を、突然円形に変えたとたん、リストが、巡礼の年を編纂するに当たって、ほぼ全生涯に近い年月の中で作曲した曲目の中から選び出した作業が、循環する時の流れのようにぴったりと構図の中にはまる気がしたのです。
 
その構図を生かすためには、円形キャンバスで描くことにしました。
円形キャンバスは、イタリアでは普通に画材やさんに販売しているらしいのですが、なかなか日本では手に入らないのですが、数年前から時々使っていて、運良く6号サークルの大きさが手元にあったのです。
一気に作業に入る前にもう一度きちんとしたエスキースを取るために、また図書館からリストの伝記とリストの旅したイタリアの情報を、集めた本などを探してきて、数日リストの生涯の中を心の中で旅をしてみました。
本当に若かったころ、初恋の貴族の少女とのつきあいを反対され、その後六歳年上のやはり貴族の女性と恋に落ち、3人の子供を持ちながら別れ、そして再び7歳年下の貴族の女性と恋をし、結婚の夢が叶わず、最後は僧籍で生涯を終えたリストが、ピアノ曲のテーマに選んだ、巡礼の年の2年にある、ペトラルカのソネットとダンテを読んで、作曲した曲目の理由が、ここにきてようやく理解出来るような気がしてきたのです。
そしてもしもリストが17歳の時に恋に落ちた少女と、添い遂げる事が出来たならば、彼はどんな音色を、後世に残したのだろうかと思ったりしました。
 
若い頃に出会った少女にたいするはかない恋慕は、ペトラルカがソネットに綴った、ラウラに対する甘い想像の中の思いにも似ていたかもしれませんし、また魅惑的なマリー・ダグー婦人との10年に及ぶ激しい恋から始まって、やがて倦怠期を迎えた、わがままな創造者同士のぶつかりが二人の関係を、終焉に向かわせた過程は、この世の愛の形を、まざまざとリストに知らしめた出来事だったのだろうと思います。
しかし、30半ばで17歳の時につきあいを許されず、再び逢う事がかなわなかった初恋の人と、一度だけ合う機会に恵まれたとき、大人になった二人の中に流れていたのは、純粋で純真だった、若い頃と同じような優しさといたわりであり、それが、ダンテが神曲の中に神格化して描いた、初恋の人ベアトリーチェにたいする思いと、同じような心境まで変化したのではないかと、思いました。
マリー・ダグー婦人と出会った20歳の頃、背伸びしながら超えたアルプスの山と、若者の憂鬱な気質を描いた、オーベルマンの小説に感化されて作られた、1年目の曲から始まり、ペトラルカのソネットや、ダンテの神曲をイメージした、青春から壮年期までのリストの人生を象徴する2年目、そして最後の恋がかなわず、神の国に救いを求め、世俗の僧として暮らしながらローマで過ごした晩年、死を意味する糸杉や棕櫚をテーマに作曲した第3年目の編纂が、そのままリストの人生を濃縮しているのだと私は感じました。
 
巡礼の年は、リストの人生そのままが、描かれた作品なのではないでしょうか。
リストの人としての人間らしい愛の感情から、宗教的な愛の心境に至るまでの時の流れが、曲目として編纂されて入っているように思えるのです。
 
エンドレスに流れるCDの曲の流れのように、私はリストと、ペトラルカとラウラもしくはベアトリーチェが、アルプスの山や、ウィリアムテルの礼拝堂の上や、ベネチアやナポリの海の上、チボリのエステ荘の噴水の上や、糸杉の丘陵地帯、フィレンツェのドゥモウの上を、円舞のように飛んでいる様を、画いてみました。
そしてベネチアのカーニバルの衣装を身につけたアルルカンが、メフィストのように、ポーズを取っている構図にしたのです。
 
仕上がった絵は、とうていリストの曲に比べようもない陳腐なものですが、演奏者が演奏する曲目をアナリーゼするように、一つのテーマを掘り下げて構図にして構築する作業は、具象絵画を描く上で、とても楽しい時間だとこの頃よく感じていることです。
 
長くなりましたが、このように、1つの絵を描き上げるまでに、構想から完成まで、数年かかる事もあるのです。

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